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京都地方裁判所 昭和56年(ワ)2038号 判決 1984年7月19日

原告

白濱隆

右訴訟代理人

高田良爾

被告

兜株式会社熊谷巧業

右代表者

熊谷孝彬

被告

清水秀次

被告

竹内諭

右三名訴訟代理人

岩城弘侑

岩佐英夫

右被告会社補助参加人

日産建設株式会社

右代表者

佃利夫

右訴訟代理人

平松勇

杉谷義文

右被告会社補助参加人

日本国土開発株式会社

右代表者

石上立夫

右訴訟代理人

久保泉

主文

被告兜株式会社熊谷巧業及び同竹内諭は原告に対し各自金五二三五万九二三五円及びこれに対する昭和五七年四月二七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告清水秀次に対する請求、その余の被告両名に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用及び参加費用はこれを二分してその一を原告の負担とし、その余のうち、参加費用を補助参加人らの負担とし、訴訟費用を被告兜株式会社熊谷巧業及び同竹内諭の連帯負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し各自金八七九六万二一二八円及びこれに対する昭和五七年四月二七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の各請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は油井工業こと油井敬喜(以下「油井」という。)に昭和五三年四月雇用され、鉄工、精管、配管の工事に従事していた。

補助参加人日本国土開発株式会社(以下株式会社を省略)及び同日産建設株式会社(以下株式会社を省略)は共同して、京都市より京都市中京区烏丸蛸薬師上ル所在地に地下鉄烏丸線を建設する工事(三条工区)(以下「本件工事」という。)を請負い、次いで被告兜株式会社熊谷巧業(以下「被告会社」という。)と本件工事の請負契約を締結した。そして、被告会社が油井と本件工事の請負契約を締結し、原告は、油井の従業員として、本件工事に従事した。

なお、被告清水秀次(以下「被告清水」という。)、同竹内諭(以下「被告竹内」という。)は、いずれも被告会社の従業員である。

2  事故の発生

原告は昭和五三年一二月一一日午後二時三〇分頃、本件工事現場において、構築内盛替切梁H鋼(以下「切梁」という。)架設のため切梁をクレーン及びチエンブロックにて相吊し、所定の位置にセットすべく移動させる作業をしていたところ、切梁端部に取付けたキリンジャッキの端面プレートが腹起H鋼(以下「腹起」という。)に接触し、プラケット上の腹起を引きずつたため、腹起上に居た原告が落下し受傷した(以下「本件事故」という。)。

3  被告らの責任

(一) 被告清水、同竹内の責任

被告清水は本件工事の監督責任者として、同竹内は監督副責任者として、いずれも本件工事現場の監督にあたつており、被告会社が本件工事を遂行するうえで発生するであろう事故の発生を防止すべき義務があるにもかかわらず、この義務を怠つた結果、本件事故を引き起こしたものであるから、民法七〇九条の規定により不法行為責任がある。

(二) 被告会社の責任

被告会社はその被用者である被告清水、同竹内がその事業の執行中に原告に損害を加えたのであるから、使用者として、民法七一五条の規定による使用者責任を負う。

4  原告の受傷と治療の経過

(一) 受傷

原告は本件事故により、①ショック、②頭部外傷・外傷性頸部症候群、③腹腔内臓器破裂損傷・骨盤複雑骨折(右恥骨、左恥骨、坐骨、仙骨)、④膀胱損傷・会陰部損傷・陰嚢血腫・右睾丸挫傷、⑤左大腿骨骨折・右足関節内外顆骨折及び脱臼・外傷後膝関節炎の傷害を負つた。

(二) 入、通院治療

(1) 入院(京都四条病院)

① 昭相五三年一二月一一日より同五四年八月四日迄(二三七日間)

② 昭和五五年四月三〇日より同五五年五月一六日迄(一七日間)

(2) 通院(①ないし③を通ずる実日数三一六日)

① 昭和五四年八月七日より同五五年四月二八日迄(京都四条病院)

② 昭和五五年五月二一日より同五六年五月一一日迄(京都四条病院)

③ 昭和五六年五月一三日より同五七年九月二四日迄(京都きづ川病院)

④ 昭和五七年九月二五日より同五九年二月二七日現在も通院中(京都きづ川病院)

(三) 後遺障害

原告の後遺障害は、後遺障害別等級表(自賠法施行令第二条)労働能力喪失率付の第三級三号に該当する。

5  原告の損害

(一) 休業損害

昭和五九年二月二七日迄は労災保険により受給。

(二) 逸失利益 三五四八万八九二八円

① 生年月日 昭和一四年一〇月一六日

② 就労可能期間 二三年

③ 新ホフマン係数 15.045

④ 過去一年間の収入

(一ケ月)一九万六五七一円×一二ケ月=二三五万八八五二円

⑤ 労働能力喪失率 一〇〇パーセント

⑥ 逸失利益

235万8852円×15.045=3548万8928円

(三) 入院諸雑費 二〇万三二〇〇円

一日八〇〇円として入院二五四日分。

(四) 付添費 二七万円

原告の妻眞由美が昭和五三年一二月一一日より同五四年二月二日迄付添看護した。一日五〇〇〇円として五四日分。

(五) 慰謝料 五〇〇〇万円

後遺障害の慰謝料を含む。

(六) 弁護士費用 二〇〇万円

6  よつて原告は被告らに対し連帯して右損害金八七九六万二一二八円及びこれに対する履行期到来後である昭和五七年四月二七日から、支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの認否及び主張

1(一)  請求原因1、2及び4の各事実は認める。

(二)  同3のうち(一)の事実は否認し、(二)の主張は争う。

(三)  同5の事実は否認し、同6の主張は争う。

2(一)  原告が乗つていた腹起は、一四ブロックと一五ブロックに7.5センチメートルの段差があるため、端部分のボルト穴にボルトを通して仮止めをすることができない状態になつていたが、原告もそのことを知つていた。従つて原告としては切梁のキリンジャッキ部分が腹起に接触した場合、腹起を引つ張るなどして落下させる危険性があることを十分知つていながら、漫然と腹起の上に乗つていたため本件事故が発生したものである。

(二)  過失相殺

原告には(一)記載のごとき過失があるので過失相殺を主張する。

(三)  示談成立

本件事故については、当時原告とその直接の使用者である油井との間に、油井が原告の将来の生活を全面的に援助する旨の合意が成立していた関係上、昭和五四年一〇月三日原告と被告会社との間には、労災保険以外の諸経費について、被告会社が原告に対し金七〇万円を支払うことにより示談が成立しており、被告会社はその示談金を支払つている。

三  被告らの主張に対する認否及び主張

1(一)  (一)、(二)の事実は否認する。

原告は本件工事につき被告会社の従業員被告清水及び同竹内の指示に従つて工事に従事していたものであり、本件事故の発生について原告には過失は全くない。

(二)  (三)の事実は否認する。

原告及び被告会社名義で本件事故に関し、昭和五四年一〇月三日付の示談書が作成されていることは認める。

2  以下の事由により原告と被告会社間の示談契約は無効である。

(一) 示談契約書の原告の署名押印は原告の意思に基づいたものではなく、原告の妻眞由美が原告の了解もなく記載したものである。

(二) それに、元来、示談契約書は原告の妻眞由美が原告の入院によりアルバイトを休業することを余儀なくされ、そのために蒙つた損害を補償する意味で作成されたものであり、又原告の妻眞由美もそのつもりで原告の署名をしたものである。

(三) 仮に、被告ら主張のとおりとしても、原告の蒙つた損害は莫大である。原告の妻眞由美が無知のため、ついうつかり原告の署名をしたものであり、かかる事情のもとになされた示談契約は公序良俗に反する。

四  原告の主張に対する被告らの認否

原告主張事実はすべて否認する。

五  補助参加人日本国土開発の主張

1  本件工事の内容

補助参加人両会社は共同企業体を組み、京都市から地下鉄烏丸線の一部の建設工事を請負い、被告会社を下請として同被告との間に、昭和五二年一二月一日、右工事の一部である覆工及び土留支保工の仮設工事に伴う鍛治とび工事一式の下請契約を締結した。

そして、被告会社は、昭和五二年一二月初旬から着工し、同五四年三月頃に工事を終つた。

2  災害防止の努力

右地下鉄工事の施工に当つては、全体施工計画書を基本として、各工種の施工時期に応じ、着手前に作業方法及び手順についてその都度検討し、打ち合せを実施してきた。

それに、毎日行われる作業については、午後一時から三〇分程度の時間をさいて、翌日の作業予定の打ち合せ討議が、共同企業体の社員と下請現場責任者合同で実施された。

また、共同企業体の社員と下請現場責任者との間で、災害防止協議会を作り、災害防止に努力してきた。

3  本件事故の発生状況

構築内支保工盛替作業のため、側壁コンクリートに取り付けてあるプラケットに腹起を所定の位置に架設し、次の作業であるキリンジャッキ付切梁を、路上のトラッククレーン(16.6トン)と構内にセットされたチェーンブロック(一トン)とによつて相吊りし、作業主任者の合図により所定位置にセットすべく、切梁を垂直状態から水平状態に移動作業中に、切梁の端に取り付けたキリンジャッキの端面プレートが腹起に接触したため、引きずられてブラケットの上から切梁がコンクリート床に脱落し、2.25メートルの高さにある腹起の上に乗つていた原告が床上に飛び降りた。その原告の足の上に腹起が落下し、原告が負傷したのである。

4  原告の過失

原告は、鍛治工であつて、とび職ではなかつたから、高い所へ登るのは不得手であつた。従つて、被告会社は、原告に高い所での作業をさせず、地上の補助的作業をさせてきた。前記の如く原告が腹起の上に乗つていたのは、被告会社の作業主任者の指示によるものではなく、原告が勝手に乗つていたのである。そして、切梁が腹起に接触した際、同じ腹起の上に乗つていた作業主任者は、近くにあつた鉄筋に掴まり難を避けたが、原告は驚いて床上に飛び降りたため、事故に遭遇したのである。

従つて、本件事故は、専ら原告の過失によるもので、被告会社らに責任はない。

5  仮に、被告らに過失があつたとしても、被告らと同じく示談の成立及び過失相殺を主張する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1のうち、原告が油井に雇用されていたこと、補助参加人日本国土開発及び同日産建設が共同して京都市から、地下鉄烏丸線の本件工事を請負い、次いで、被告会社と本件工事の請負契約を締結したこと、そして、被告会社が油井と本件工事の請負契約を締結し、原告も油井の被用者として、本件工事に従事していたこと、なお、被告清水及び同竹内は、いずれも被告会社の従業員であつたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

なお、<証拠>によると、被告会社の請負工事というのは、本件工事の一部である覆土及び土留支保工の仮設工事に伴う鍛治とび工事一式(溶接、ガス切断、架設及び撤去等)の下請であり、油井は、更にその孫請の関係にあつて原告を初め、その従業員五名位が被告会社の指揮下に入り、同工事に従事していたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

二次に、請求原因2で主張する経過により本件事故が発生したことも、当事者間に争いがないのであるが、以下では、関係者の責任等を明確にする前提として、事故当時の状況について検討する。

<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  本件工事現場では、被告会社の従業員である被告清水が現場責任者として工事全体の監督に当り、同竹内が現場の作業責任者として具体的作業の監督に当つていたのであるが、本件事故当時、被告清水は大山崎町に赴き、本件工事現場に不在であつて、専ら被告竹内が本件工事の監督にあたり、同人の指揮のもとに工事を進めていた。

2  本件事故現場は、京都市中京区烏丸通り蛸薬師上ル七観音町六四〇番地先、地下鉄烏丸線三条工区支点南二八五メートル地点で、地下約五メートルの換気抗内であり、同換気抗においては床面及び両側壁のコンクリート打ちが終了し、天井(地表面)部分のコンクリート打ち工事にかかるため、それまで補強のため設置してあつた路面覆板、路面受桁、切梁二段梁を取りはずさなければならず、そのため換気抗内東西両面側壁を補強するため切梁(長さ7.5メートル、重量六七五キログラム)を取りはめる工事を行なつていた。同工事内容は、換気抗内東西両面側壁(両側壁間八メートル)の床面から高さ2.25メートルに、3.00メートルの間隔でプラケット(支柱台)を設けて、その上に東西各内側壁に添うように腹起(長さ六メートル、重量五四九キログラム)を乗せ、東西両腹起の内側面に切梁を渡し、面側壁を補強するというものである。そして、実際の作業は、地上のトラック・クレーンで先ず腹起を換気抗内のプラケットの位置まで下ろし、両方の面側壁に添うようにプラケットに乗せ、続いて切梁の東側寄りの部分をクレーンのワイヤーローブで吊り、地上から垂直に所定の位置まで下ろした後、同切梁西端をチェーンブロックで吊り上げて切梁を床面に水平状態にし、その両端を腹起の内側面に直角に合致させて、同部分をボルトで締めつけるというものであつた。

3  本件事故は三条工区の一四ブロックが終り、一五ブロックにかかつた昭和五三年一二月一一日午後二時三〇分頃に起きたものであるが、普通腹起はプラケットの上に乗せた後、すでに切梁で固定されている他の腹起の端とつないでボルトで締めつけ、落下を防止するのであるが、一五ブロックの腹起は一四ブロックのそれより約7.5センチメートル高くなつていたため段差があり、既に固定してある分とボルトで締めつけて連結できなかつたため、不安定な状態であつた。被告竹内は、そのこと、従つて切梁をクレーンで吊り下げる際、切梁が腹起に当れば、該腹起が落下する危険のあることも承知していたものの、他のことに気を奪われ、そのことが念頭になかつたところで、問題の切梁がクレーンで下ろされた後、その西端がチェーンブロックで吊り上げられ、被告竹内の誘導により所定の状態に近づいた際、切梁東側キリンジャッキ端面プレートが、クレーンのワイヤーロープとチェーンブロックの両操作の微妙な相違により横揺れを生じ、東内側壁のプラケット上に置かれた腹起の上に、右キリンジャッキー端面プレート部が乗りかかるように接触し、該腹起を内側に引張つたため、同腹起が揺れて落下しかかつたので、その上に乗つていた原告は足場を失い、突嗟に床面に飛び降りて難を避けようとしたところ、右腹起が原告の上に落下し、原告が負傷したものである。

4  本件事故当時、切梁をクレーンで吊り下ろしていたのはクレーン運転者の澳本隆、同クレーンの横に居て、抗内の合図を右運転者へ伝えていたのは梶村進、抗内にあつて、切梁の西端をチェーンブロックで吊る作業をしていたのは川原文夫と油井喜広、クレーンへの指示を初め現場の指揮をしながら、切梁東端の固定作業をしていたのは被告竹内、原告も同被告の指示により、同被告と一緒に切梁東端の固定作業をするため、該腹起上で待機していたのであつた。

以上の事実を認めることができ、<反証排斥略>、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

三そこで、被告らの責任関係について検討する。

1  被告竹内の責任

右認定事実のもとにおいては、被告竹内は、原告ら工事現場で作業に従事する労働者に対し、作業から生ずることが予想される危険を防止するため、必要な措置を講ずべき安全配慮義務を負つていたと解すべきところ、被告竹内は腹起の落下を防止するためクレーンの作動を充分に慎重にさせるとか、腹起にガス穴を開けてボルトで腹起を固定してから作業を行なう等腹起が切梁に触れて落下するのを防止するに必要な措置をとる必要があつたにもかかわらず、作業当時腹起が固定されていないことをすつかり失念し、漫然工事を継続させた結果、切梁が腹起に接触し腹起が落下し原告を負傷させるに至らせたのであるから、被告竹内は原告に対し民法七〇九条により不法行為責任を負うものというべきである。

2  被告清水の責任

右認定事実によれば、被告清水は現場の監督主任者たる地位にはあつたが、本件事故当時本件工事現場を離れており、被告竹内が現場の指揮監督をする立場にあつたこと、そうだとすれば、特段の事情なき限り、被告清水が本件事故当時作業に従事する労働者に対し作業から生ずることが予想される危険を防止するに必要な措置を講ずべき安全配慮義務を負つていたとは解し難く、これを別異に解すべき特段の事情も窺えないから、被告清水は原告に対し不法行為による損害賠償義務を負うことはないというべきである。

3  被告会社の責任

(一)  使用者責任

以上の説示によれば、被告会社は民法七一五条による使用者責任を負うべきこと明らかというべきである。

(二)  示談契約について

原告及び被告会社名義で本件事故に関し、昭和五四年一〇月三日付の示談書が作成されていることは、当事者間に争いがない。そして、成立に争いがない乙第一号証が、右の示談書であることは明らかであるところ、これによると、示談の骨子は、原告は、被告会社の元請である補助参加人両会社共同体が加入している労働者災害補償保険法に基づく給付により加療に専念することとし、被告会社が原告に対し、同法による給付以外に要した諸経費分として七〇万円を支払い、一切を解決するというにある。

しかし、右示談の条項は極めて不備というべきところ、<証拠>によると、本件事故により原告が被つた損害については、右保険法による各種給付を受けることにより、一切の解決をするという趣旨であるというのであり、そのように解してまず誤りはないと思われるものの、その点が一義的に明確でなく、後日紛争の火種にならないとも保障し難いというべきである。しかも、右の各種給付が財産的損害の填補を目的とするものであることも、留意すべきである。

ところで、後記のとおり本件事故による原告の受傷とその治療の経過については、当事者間に争いがないのであるが、それと<証拠>によると、原告は、重傷を負い、当初から前記補助参加人両会社共同体加入の労働者災害補償保険法に基づく給付を受けながら入院治療を続け、昭和五四年八月四日頃一旦退院したとはいえ、継続して通院治療を受けていたのであり、右示談書の作成日付当時も頭重感があつて、時にめまいが出現し、長距離歩行ができない状態で、その予後も明らかでない段階であつたこと、当時、被告会社は、地下鉄工事の終了に伴い、本拠地である札幌に引揚げることになつていたため、油井が中心になつて示談の話が進められたこと、そして、右作成日付当日、原告、その妻眞由美、油井、被告会社代表者熊谷孝彬らが会合し、示談交渉に入つたこと、しかし、油井が原告に対し、原告が同席すると話がややこしくなると言つて席をはずすように求めたため、原告は、これに応じて退席したこと、そこで、この種の事柄に智識を有しない原告の妻眞由美が、油井の指示どおりに動き、示談書の内容につき理解を得ないまま、原告作成名義欄に原告の氏名を記載したこと、最終的に原告と被告会社との間で、右示談書の条項につき確認し合うという手続は、踏まれていないこと、以上の事実を認めることができ、この認定を動かすに足る証拠はない。

以上の説示を総合すると、右示談書の条項は、本件事故により原告が被つた損害について、原告と被告会社との間に、最終的解決としての合意が成立したものとして、原告を拘束する効力を有すると解することは困難というべく、この点の被告らの主張は失当であつて、排斥を免れない。

四損害

請求原因4の原告の受傷と治療の経過については、当事者間に争いがなく、<証拠>によると、原告は、家事の手伝いは可能であるが、戸外で仕事をすることが不可能な状態にあることが認められる。

そこで、右を前提とし、以下原告が被つた損害額について検討する。

1  逸失利益

<証拠>によると、原告は昭和一四年一〇月一六日生であること、<証拠>によると、原告の症状は昭和五五年五月一六日頃(最後の退院日頃)固定し、後遺症は、労災障害等級表第三級の「精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」に該当すると解すべきこと、前掲甲第三四ないし第三七号証の休業補償給付額に鑑み、原告が事故前にすくなくとも、月額一九万六五七一円の収入を得ていたことが、それぞれ認められる。

すると、原告の年収は二三五万八八五二円、労働能力喪失率は将来の機能回復を見込むにしても九〇パーセントとすべきであり、これに原告の主張に即して就労可能年数を二三年とすると、新ホフマン係数は15.045となるから、逸失利益の現価は、三一九四万〇〇三五円(円未満切捨)となる。

2  慰藉料

前記の原告の症状程度、治療の経過、後遺症状、回復の可能性、原告が労災保険より所定の補償を受けており今後も継続して受領し得ること、原告は本件事故当時働き盛りの男子であり一家の支柱であつたこと、その他本件に顕われた一切の事情を総合考慮すると原告の請求しうべき慰謝料の額は二〇〇〇万円をもつて相当とする。

3  付添費

原告は昭和五三年一二月一一日より同五四年二月二日まで五四日間付添看護を要したというべきところ、<証拠>によると、ヤクルトの販売店員であつた原告の妻眞由美がその期間付添看護したことが認められ、付添費としては一日四〇〇〇円として計算するのが相当であり、すると原告の請求し得べき額は二一万六〇〇〇円となる。

4  入院諸雑費

原告の入院期間は合計して二五四日であり、一日当り少くとも八〇〇円の雑費を要したものと認められるから入院諸雑費として原告の請求し得べき額は二〇万三二〇〇円となる。

5  過失相殺

被告ら及び補助参加人日本国土開発は、過失相殺の主張をするのであるが、さきに認定した本件事故の態様に鑑み、同主張を容れることができないというべきである。

6  弁護士費用

原告が本件訴訟の遂行を弁護士に委任していることは記録上明らかであり、本件訴訟の内容経過、訴訟追行の困難性、認容額その他の事情を勘案すると原告の支払う弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係のある損害として請求しうべき額は二〇〇万円とするのが相当である。

五よつて原告の本件請求のうち被告清水に対する請求は失当であるからこれを棄却し、被告会社及び被告竹内に対する請求のうち五二三五万九二三五円及びこれに対する履行期到来後である昭和五七年四月二七日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、参加費用を含む訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条一項、九四条をそれぞれ適用し、仮執行宣言について、労災給付を受けている実情に鑑み、これを付さないことにして主文のとおり判決する。

(石田眞)

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